ボウリングを始めてあと半年少々でまる10年になります。始めた頃は週一の健康ボウリングリーグ戦で運動不足とストレス解消のためにと気軽に楽しむつもりだったのですが、段々と深みに嵌ってしまい、今ではボウリング抜きには語れない生活スタイルを送るようになってしまいました。
何でこんなにボウリングに夢中になってしまったのでしょうか。自分でも時々不思議に思うことがあります。そこで改めてボウリングの魅力について考えてみたいと思います。
これまで色々なスポーツを体験してきました。小学生の時にはソフトボールでした。これは夏休みに地区対抗の試合があり、ほぼ強制参加に近いもので、4年生くらいから参加した記憶があります。取り立てて上手でもなく下手でもないような、居ても居なくても良いような存在だったと思います。それから小中と剣道、高校(体育の授業でなく部活)で柔道を少し齧った経験があります。
社会人になってからはスポーツからとんと遠ざかっておりましたが、40歳位でしたか体力測定で寝たきり老人並みの体力しかありませんと言われてしまいました。そこで一念発起して当時社会保険センターで行われていた体力向上プログラムに応募し、水泳とトレーニングジムに定期的に通うようになりました。その後縁あって、佐賀ホノルルマラソンを走ろう会に入会し、月一の練習会に参加するとともにジョギングを始めました。それでも月間走行距離70km程度しか走っておりませんでした。スピードも6分/km程度のゆっくりペースです。その内、レースに参加するようになり、年にハーフマラソン×2、フルマラソン×2、20㎞ロードレース×1程出場しておりました。
ただこれも長続きせず5、6年ほどで他の趣味(パラグライダーやアーチェリー)に移行してしまいました。
ここまでボウリングが長続きしている理由を確かめるために、これまでのスポーツ体験を長々と書いてみました。そこで分かったことは、経験してきたスポーツがビギナーとトップ選手の差が余りにも歴然としていることです。水泳でもマラソンでも相当頑張って練習したとしても2倍程度の開きが出来てしまいます。そしてその差はどう足掻いても埋められれそうに無いことでしょう。例えば、フルマラソンはトップは2時間台で走破しますが、私は5時間を切るのが精一杯というところです。水泳だってアーチェリーだってしかりです。何でも健康の為とか割り切って続ければ良いのでしょうが、負けず嫌いなのでしょうかね。負けてばかりだと面白くなくなってしまうのではないでしょうか?
ところがボウリングはある程度のレベルに達すれば、トータルでは無理でも1ゲームだけに限ったら上級者に勝つことだってできます。それは偶然であったり必然であったりしますけれども、それでも勝つことが出来るのです。走ったり、泳いだり、柔剣道などの格闘技、その他の試合ででそのようなことは起こり得ません。圧倒的に実力の差を見せつけられ打ちのめされるのです。
しかし、ボウリングでは如何に実力の差があっても、それを上回る別の力が働き大きく勝敗に影響します。その別の力を味方にした方が勝つともいえるでしょう。
私が経験した中でボウリングに似ている競技にアーチェリーがあります。アーチェリーは射手の弓から矢が放たれた後は完全に物理法則に支配されるだけで、その後の射手はどうすることもできず、運を天に任せるしかありません。風に変化が無ければ的を射抜いたかも知れないのに、突風が吹き外れてしまうかも知れません。逆に、失射したのにそれを修正するかのような風が吹き、結果矢が的中するかも知れません。
ボウリングも同様にボールが手からリリースされた後は物理法則に従うのみです。そして先に述べた別の力はアーチェリー比べて格段に大きいように思います。ですから投げ手の実力差があっても、その差が縮まったり逆転してしまうことがしばしば起こります。
このように初級者であっても中級者や上級者に偶にではありますが勝てる希望があることがボウリングを続ける原動力になっているのではないでしょうか。少なくとも私はそうであったように思います。
ここまで中々上達しないにも関わらず10年近く(飽きっぽい私にとって奇跡的な長続き)ボウリングを続けてきた理由を探してきましたが、おそらくこれだけではないと思います。もっと一杯理由があるに違いありません。それらを今後探っていきたいと思っております。ということは続編があるということ? と思わせぶりに書いておきます。
<参 考>