責任編集 金谷 治 「世界の名著 10 諸子百家」 中央公論
奥付を見ると昭和41年7月20日初版発行とあります。元々本書は亡父の蔵書を頂戴したもので、折に触れて手にして読み返しておりました。
本書は、先ず諸子百家の全体的な解説があり、これだけを読んでも結構な学びがあります。本編は、墨子、孫子、荀子、韓非子の四人の思想家の文献を書き下し文としたものとその口語訳と解説で構成されております。
私は高校時代の漢文はかなり苦手意識を持っておりました。大学受験でも古文や漢文がないところを選んだくらいです(涙)
しかし、本書は口語訳があり、これだけ読んでも内容的には理解できますので、気が向いた時に読んでいたのです。
さて、先日雑誌を読んでいたら半藤一利さんが「墨子を読みなさい」と言い遺されたたことを知りました。そこで久々に墨子のページをめくってみることにしました。しかし、読み始めてはみたものの、素直に頭に入って来ませんでした。ついつい馴染みのある孫子や韓非子の方に目が移ってしまいます。どうも性分がそっちの方にあるのかも知れません。
色々と読み漁っている内に韓非子の五蠹(ごと)編の中に次の一文がありました。
-以下引用-
「今、境内の民みな治を言い、商・菅の法を蔵する者、家ごとにこれあれども国愈貧し。耕を言う者衆く、耒を執る者寡なければなり。境内みな兵を言い、孫・呉の書を蔵する者、家ごとにこれあれども兵愈弱し。戦いを言う者多く、甲を被る者少なければなり。」
「今日、領内の民衆はすべて政治のことを語り、家ごとに商鞅や管仲の法令集を所有しているのであるが、それでいて国家はますます貧しくなっていく。それは、農耕について語る者は多いのだが、実際に鋤を手にする者が少ないからである。領内の民衆はすべて軍事のことを語り、家ごとに孫子や呉子の兵法書を所有しているのであるが、それでいて軍隊はますます弱くなっていく。それは、戦術について語る者は多いのだが、実際に武装をかためて戦う者が少ないからである。」
科学や技術は目を見張る進歩があったにも関わらず、人間社会は二千数百年前と大して変わらないなと思わざるを得ません。その最たる者が政治家なる人種の存在でしょうか。いくら理想をぶち上げても、それを実現できなければ無意味なことでしょう。民衆は自分らに利があればこそ苦労もいとわずに励むのであり、それが出来ないとなれば誰が励むでしょうか。ましてや上手く立ち回れば苦労もせずに利が得られることが出来る世の中となれば・・・。